誰もが新しいことに挑戦できる社会を目指すために【テック・インクルージョンモデルを活用し女性が働きやすい環境をつくる】
前回のレポートでは、データを参照しながら、女性たちが置かれている状況や環境をみてきました。今回はジェンダーギャップの解消のためのテック業界の可能性や女性たちが様々な挑戦をするための環境をつくるためにはどうすべきかということについて考えていきたいと思います。
テック業界の将来性と女性が新たに挑戦するフィールド拡大の可能性
奇しくもコロナ感染の大流行により、人々の暮らしは大きく変わり、テクノロジーの成長がより生活を豊かにすることを実感しました。実際、テック業界は、今後の成長規模は他の業界より早く、人材が不足していると言われています。(*1)また、90%もの多くの人にとってテック業界で働くことは魅力的であると感じているというデータも出ています。(*2)しかし、雇用全体の女性の割合が47%のうち、テック業界は25%の女性しか働いていません。(*3)日本の女性のテック人材は22%であり、この10年間で7%増加しています。(*4)賃金の男女格差が金融や製造業より小さく、在宅勤務も定着していることが背景にあると考えられます。
テック業界にはジェンダーギャップの解消や地域課題の解決に向けた大きな将来性・可能性があるといわれています。理由の一つは、上述したように、「テック業界は今後の成長規模が大きいため、新たな労働力を見込める」、また「個人的なバックグラウンドや生い立ち、学歴に関係なく、スキルさえあればテック業界へ挑戦できる」という点。そして、「労働場所を多拠点に分散させても雇用できる」という点の3つです。この3点を兼ね備えたテック業界は、新たな挑戦をしたい女性たちの雇用先として相性が良いと考えています。前回のレポートでも見てきましたが、多くの家庭内の役割は女性が担っている場合が多く、制約がある人材が多くいます。しかし多拠点を基本としたワークスタイルで、柔軟性がある働く環境の場合、多くの女性が挑戦できるフィールドが広がるでしょう。
世界的にもテック業界へ女性に向けた教育や雇用機会の増加を積極的に推進しようという動きも加速しており、日本も男女共同参画会議(令和4年4月26日)において、女性デジタル人材育成プランが決定されています。(*5)テック業界のジェンダーギャップを解消するため、女性のデジタル人材育成事業やテクノロジーを活用した女性起業家によるスタートアップ企業や団体の設立も近年増えてきました。
テック業界においてDE&Iを浸透させていく必要性
今までのテクノロジーや科学技術の向上には女性やマイノリティの視点が考慮されていないケースが多くありました。「Invisible women(邦題:存在しない女たち)」では、多くの業界には、女性が意思決定の場や研究現場にいないことで、女性の観点が抜けていることをデータで指摘しています。例えば、乗用車の衝突試験を行う際、男性のみのダミー人形であったため、男性よりも女性の事故に遭う危険性が高かったといいます。また、医療に関しても治験は男性の被験者が多かったため、身体の大きさが男性と異なる女性のほうが副作用が大きくなるというデータがありました。(*6)
開発現場に男性しかいなかったため、気づくべきはずの観点が抜け落ちてしまい、ジェンダーによって安全性の違いが生じてしまう。今後のテクノロジーの発展においても、ジェンダーやマイノリティなどの違いによって生じる利益やインパクトに格差がないようにしなければなりません。そして、テック業界の女性の割合が今後増えることで、新たな視点を取り入れたイノベーションも起こる可能性が高くなるでしょう。
世界的にDE&I(Diversity, Equity and Inclusion)の重要性が叫ばれていますが、まだ日本では多くの自治体、企業や団体は、有用性を感じられない・取り組み方法が把握できない等の理由で取り組まれていないところが多いように見えます。しかし上述したように、既存では見えなかったものがDE&Iのレンズで見ると、新たな課題や方向性が見えてくる可能性があります。ジェンダーなどの多様性を確保することが、製品やサービスがより包括的な視点を念頭に置いて開発され、企業や組織がより活性化していく鍵となり得るのです。今後イノベーションを起こすための企業成長はDE&Iの取り組みなしでは見込めないと言えます。(*7)
女性が挑戦しやすい環境を作るための仕組みづくり:テック・インクルージョンモデル
テック業界のポテンシャルについて見てきましたが、実際に女性たちがデジタルスキルを身につけて挑戦できる環境を整えるためには、何が必要なのでしょうか?スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビューのリンダ・ヤコブ・サデーおよびスマダール・ネハブのレポート(*8)で紹介されている「テック・インクルージョンモデル」を参考に見ていきたいと思います。
このレポートでは、イスラエルのテック事業を例に挙げて説明しています。当時、パレスチナ系人材がテック業界を仕事に選ぶのは社会的に高いハードルがあり、何千人ものパレスチナ系学生が理系の学位を持ちながらも、テック業界に就職したのは数百人のみでした。ここでのマイノリティの文脈はパレスチナ系人材ですが、これは女性やその他のマイノリティにも置き換えて考えることができます。
テック・インクルージョンモデルでは、2つの課題を解消できるといいます。一つは「多くの企業は、職場のDE&I推進を謳いながらもマイノリティ人材にうまくアクセスできていない」こと。また、「マイノリティの人材は大きな社会的・経済的要因によって意欲を失い、自らの能力を生かす職種に付けていない」という課題です。本来ならテック業界は、社会・経済的な流動性により、イノベーションの大きなポテンシャルがあるにも関わらず、上記の課題があるために、一部のコミュニティへの門は閉ざされてしまっているというのです。
テック・インクルージョンモデルでは、この課題を解消すべく企業とマイノリティ人材を含んだ仕組み作りについて3つの基本原則を提示しています。ここではマイノリティ人材を女性に置き換えて紹介・考察していきます。
1つ目は、女性をテック業界に連れてくる(例えば都心のオフィス)のではなく、「テック業界を地域の女性に寄せていく」こと。DE&Iの仕組みがあったとしても、既存のコミュニティやオフィスに、女性たちを呼ぶケースが多いのが現状です。しかし、テック企業の拠点が地域に開設されれば、地域住民だけでなく、地域外からも専門人材も来て働くようになります。すると、組織構造が変わり、組織内のステレオタイプが変化していき、変革やイノベーションを後押しする可能性が高まります。2つ目は、当事者である女性たちの参画なしでは根本的な解決が望めないため、「テック業界の就労を目指す女性リーダーとテック企業との真のパートナーシップを結ぶこと」。最後に3つ目は、「モデルの実現に全力で挑む市民社会の中間支援組織の存在を通じて、地域社会で変化を起こすこと」です。中間支援組織は、テック業界への志望者や地域社会のステークホルダーを含む地域社会、テック企業、政府などに対して幅広く働きかけ、カタリストとしての役割を果たすことができるのです。
IRODORIでは、すでにこのテック・インクルージョンのようなモデルの社会実装を始めており、様々な民間企業と連携し、地方自治体とともに地域のデジタル人材の育成事業を推進しています。
地域には、生産年齢人口の減少により地域経済がさらに縮小されていること、また社会のデジタルシフトが進んでいるにも関わらず地方が変化のきっかけを掴めていないことにより、一層若者が流出している課題があります。IRODORIでは地域で事業を推進していく中で、様々な地域で若者たちが挑戦を諦めてしまう社会構造を見てきました。そのため、地域に関わる人々や企業などが挑戦できる・活躍できるような「出番」をつくりが重要であり、新しい持続可能な事業・経済の仕組みの創造必要とされていると考えています。
テック・インクルージョンモデルは、地域でそれぞれ関わるステークホルダーの出番を作っていくモデルです。そして真に解決したい対象である女性たちを巻き込み、どうしたら活躍できるか、生き生きと暮らすことができるかをテック業界、地域社会全体で考えていく。わたしたちはその一歩をすでに歩み始めています。
ワガママLabが目指す社会
テック・インクルージョンは、テック業界や自治体、地域のステークホルダーがどうやって当事者である女性を巻き込んで環境を整備していくかという有用な社会構造を変容させていくアプローチです。それに加えて、女性たち自身に焦点を当て、どうやって生き生きと暮らし続けることができるかという、より個人に寄り添ったアプローチも重要です。ワガママLabでは、より地域住民の一人ひとりの想いや叶えたいワガママに焦点を当て、発見から解決方法までを多様なステークホルダーとともに推進しています。
ワガママLabでは、地域で個々人が活き活きと活動するためのエコシステムを構築するためには8つの項目が重要であると定義しています。これらはエコシステムに必要要素であるとともに、ワガママLabの事業を通じて地域コミュニティおよび女性たちにもたらしているインパクト目標でもあります。
ワガママLabでは、女性たちが働き続けるためには、テック業界内の働きやすさ(例えばフレキシブルな労働時間や育児・看護休暇の取りやすさなど)などの地域社会の仕組みだけではなく、家庭内に偏在する価値観の変容や女性同士のコミュニティも重要視していく必要があると考えています。
前回のレポートで女性が置かれている様々なデータから見てきたように、家事分担が偏っている状況では、テック業界で働けるような環境を整えても、女性のみに負荷がかかってしまいます。実際コロナのロックダウン中では、テレワークができるようになったものの家事が増え仕事との両立が難しく、女性の幸福・満足度は男性よりも低くなってしまったデータも出ています。(*9)
また女性たちにとって、まだまだテック業界を研究や仕事に選ぶのは高いハードルがあります。幼少期の教育や固定概念など社会的・文化的に自分とかけ離れていると感じてしまうと、テック業界でのキャリアを歩むことが難しいと感じてしまいます。そこでは、女性のマインドのエンパワーメント向上のために、同じ志を持つ女性同士のコミュニティやメンターの存在が重要です。様々な女性が活躍している現場では、実際にメンター制度を遂行しており、モチベーションの維持や組織内でのコミュニケーションから仕事と家庭の両立まで様々な内容が相談されています。女性たち一人ひとりがワガママを叶えながら、迷いながら、挑戦していく姿を地域で支えることが必要なのだと感じています。
ワガママLabは、たった一人のワガママを解決するためにはどうすべきかという問いから始まり、その課題を解決するために多様なステークホルダーを巻き込みながら地域で模索していくプラットフォームです。ワガママLabの取り組み自体はまだ始まったばかりですが、今後真の社会的インパクトにつなげていくためには、テクノロジー関連企業、政府、地方自治体、中間支援組織、地域に根付いたNGO・NPOなどステークホルダーと議論を積み重ね、協業しながらビジョン形成から社会実装まで落とし込むことが重要だと考えています。
IRODORIでは地域社会の仕組みづくりとともにワガママLabを通して、多様な人材が挑戦していく地域づくりを目指しています。今日も一人のワガママを叶えるために、わたしたちは日々地域課題解決に邁進していきます。
想いに共感してくれる企業や自治体、事業推進メンバーも募集中です!詳細は下記をWantedlyを参照ください。
参考文献
- Krysten Crawford, A low-cost fix for tech’s diversity problem, Stanford University, Institute for EconomicPolicy Research (SIEPR), February 9, 2023
- Boston Consulting Group, Women in Tech, 2023
- Verdict Media Limited, Women in tech: a three-pronged approach to gender inclusivity, May 9, 2023
- 日本経済新聞「女性が変えるIT後進国ニッポン 技術者比率、欧米並みに」、2023年6月17日
- 男女共同参画局「女性デジタル人材育成プラン」、2022年4月26日
- Caroline Criado-Perez, Invisible Women: Exposing the gender bias women face every day, 2019
- LiveTiles, Women in Tech: The Need for Diversity, Equity, and Inclusion, March 7, 2022
- リンダ・ヤコブ・サデー/スマダール・ネハブ、「疎外された地域を人材の宝庫に変えるテックインクルージョン」、スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー、2022年12月23日
- Ana M. González Ramos, and José María García-de-Diego, Work–Life Balance and Teleworking: Lessons Learned during the Pandemic on Gender Role Transformation and Self-Reported Well-Being, National Library of Medicine, Jul 11, 2022
黒須仁美
株式会社IRODORI CSO
外資系コンサルタント勤務後、女性を取り巻く環境を変えたいと思い、女性の働き方、働く選択肢を増やし可能性を広げる事業に関わる。2023年より現職、戦略策定や新規事業の立ち上げに携わる。
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